公民館に違法潜伏した夜

日ごろ おもいで話

 

浪人してたころ、日中はよく、町の公民館へ行っていました。

図書室で、大してはかどりませんでしたが、それなりに受験勉強していたのです。いちど浪人仲間と、灰皿のないベランダで一服していたら、坊主頭で、いかにもガンコそうな、管理人のおじさんに見つかって、ひどく説教されました。

「今は教育が悪いからなあ、教育が...」と、ぼやいていました。

そんなある日、家でテレビの番組表を眺めていたら、どうしても観たい放送にぶつかりました。それは、ロックの歴史をふりかえる、珍しいドキュメンタリーの特別番組で、洋楽好きのじぶんにとっては、まさに必見の内容でした。当時は今みたく、いつでも自由に、映像を観れる環境ではなかったので、これは逃したら、きっと後悔するにちがいないと、強く確信しました。

けれどもじぶんの実家には、ビデオなどという贅沢品はなかったし、一台しかないテレビのチャンネル権は、父親がほぼ独占していました。父は夕食後は、テレビだけが娯楽で、彼がさほど興味がない番組をみることは、じぶんと弟にとっては、極めて困難な事案でした。F1レースの中継とかも、父にとっては退屈なだけで、すぐに変更となりました。

とくにロックミュージックだなんて、父にしたら不良の音楽であり、無縁の世界そのものです。ましてや浪人中の分際なので、おおよそ不可能な夢の話です。

そこでじぶんは、そうだ、公民館があるじゃないかと、対策をねりました。ストレスがたまっていたのか、それ程までに、どうしても観たかったのです。公民館には、テレビと長イスが備わった、憩いの休息スペースがあり、じぶんもよく利用していました。しかし、番組の放送は夜です...

 

 

田舎の図書室なので、利用する人はまばら、一人という時間帯も、けっこうありました。名簿に記入とか、もちろん無しです。

その日は作戦通り、定時になるまでねばって、いつしか誰もいなくなり、部屋の灯りを消して、息をひそめて潜伏していました。そして数時間後、夜の八時か九時ごろ、番組が始まる前、おもむろにロビーへ向かい、館内真っ暗なことを確認してから、テレビの電源を入れました。

音量はしぼって、ワクワクドキドキ、必死に観ていたのですが、しばらくして、あちら方から、人の気配に気づきました。懐中電灯片手に、管理人のおじさんが、見回りに来たのです。あわててテレビを消して、長イスの下に隠れました。...

運良く彼は、早々と立ち去って行きましたが、まるで映画かドラマみたいな、危機一髪の場面でした。これでもう大丈夫だろうと、その後は安心して、最後まで観ることができました。

さてズラかろうと、出入口へ向かいましたが、そこで又あせりました。カギがかかっていて、どうやっても開かないのです。やむを得ず、壁面のマドを開放して、泥棒のように脱出しました。当然そのマドは、一晩中そのままですが、罪悪感よりは、スタコラ逃げることでいっぱいでした。

...今となっては、本当にじぶんがやったのか、信じられないような行動、犯罪行為です。(もっとも若い頃は、似たような出来事が、いくつもありますが...)

あの時は、夜間の機械警備とか、友だちに相談するとか、全く頭になかったので、こうと決めたら、前に走るだけという、若気の熱意に支配されていたのでしょう。もし見つかっていたら、どういう展開になっていたんだろうと、想像するとゾッとします。とくに、ただでさえ心配性で、ヒステリーな母親にばれていたら...

誰でも、じぶんの経験だけは特別だと、決めつけがちですが、これもひとつの、世間とはすこし異質な、わが家の情景なのだとおもいます。

 

 

 

 

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